日米関税交渉 三つの重大点(「赤旗」7月27日)

2025年7月28日
【赤旗】7月27日 日米関税交渉 三つの重大点
 石破茂首相は25日、与野党党首会談で日米関税交渉の「合意」概要を説明しました。世界を揺るがす「トランプ関税」。党首会談で浮き彫りになった日米交渉の三つの重大問題を検証します。

その1 文書なき「合意」
 第1の問題は、「合意」といいながら、合意文書が存在しないことです。こんなずさんな国家間交渉は、前代未聞です。
 石破首相は23日、「トランプ大統領と合意に至った」と表明。米側に最大5500億ドル(約80兆円)を投資する一方、追加関税を当初の25%から15%に抑えたと成果を誇りましたが、詳細な内容は明らかにしませんでした。
当事者知らせず
 ところがその直後、米ホワイトハウスが、「合意」の詳細な内容を記した「ファクトシート」を発表。(1)投資5500億ドルによる利益の9割が米側に配分される(2)米国の武器(防衛装備品)を毎年数十億ドル追加購入(3)ボーイング機100機を購入(4)米国産米の輸入を直ちに75%拡大―といった内容です。
 赤沢亮正経済再生担当相は24日、帰国直後に記者団から「ファクトシート」について問われ、驚くべき発言を行いました。「紙の形で合意しているわけではない。法的拘束力ある形で署名するものではない」「(ファクトシートは)機内Wi―Fi(ワイファイ)でざっと目を通しただけだ」。交渉当事者の赤沢氏にも知らせないまま、米側が一方的に発表したことになります。
米側のさじ加減
 25日の党首会談で、日本政府は「米国の関税措置に関する日米協議:日米間の合意」という、たった1枚の「概要」を配布。武器やボーイング機の追加購入などは一切記されておらず、米の輸入拡大についても「必要なコメの調達を確保」するとしか記されていません。また、「ファクトシート」は日本が大豆やトウモロコシなど農産品を含む米国製品を80億ドル(約1兆2000億円)分購入するとしていますが、「概要」に金額は記されおらず、日米間で明らかな齟齬(そご)が存在しています。
 日本側は武器や航空機の追加購入について、「従来の計画を説明しただけだ」としていますが、日本共産党の田村智子委員長は会談で、すでにベセント米財務長官が、今回の合意について四半期ごとに精査し、トランプ大統領が不満なら関税を25%に戻すと発言していると指摘。「今回の『合意』も一方的に破棄される」危険があるとして、米側のさじ加減で、いくらでも高関税を押しつけられる仕組みになっていると警告しました。

その2 一方的に投資や輸入
 日米「関税合意」の重大問題の二つ目は、日本が米国に一方的に奉仕する不公平な「合意」内容になっていることです。
 特に深刻なのが5500億ドル(約80兆円)の対米投資支援です。米国に投資する日本企業に対し、政府系金融機関を通じた出資、融資、融資保証を行うというもの。米国政府は、この投資による利益の90%を米国側がとると発表しています。リスクを負うのは日本国民です。
 しかも投資先は広範囲にわたります。米国政府は▽エネルギーインフラと生産▽半導体製造と研究▽重要鉱物の採掘、加工、精製▽医薬品・医療機器の生産▽商船・軍事造船―をあげています。これだけの重要分野で対米投資に巨額資金を回せば、日本国内の産業空洞化がますます進み、日本経済は壊れます。
 農業・食品分野も大問題です。米国政府は、日本が米国産米の輸入を直ちに75%増やし、トウモロコシ、大豆、肥料、バイオエタノール、「持続可能な航空燃料」など、80億ドル(約1兆2000億円)の米国製品を購入することで合意したと発表しています。日本の食の安全を脅かし、農業を破壊するものです。
 大軍拡による暮らし破壊も進みます。米国政府は、日本が「米国製防衛装備品の年間数十億ドル規模の追加購入」を行うと明記しています。年間数十億ドル(数千億円以上)もの「追加購入」は、「すでに決定している防衛力整備計画に基づく当面の防衛装備品に関わる考え方を説明した」(24日、林芳正官房長官の記者会見)という弁明では説明がつきません。

その3 恐喝システム永続化
 日米「関税合意」の重大問題の三つ目は、米国による永続的恐喝システムが出現しかねないことです。トランプ政権のルール違反を不問にした「合意」は、日米貿易協定の一方的な破棄と、世界貿易機関(WTO)協定違反を追認することになります。
“一方的”今後も
 米国政府は2019年に締結した日米貿易協定を一方的に破棄して日本に高関税を課しました。ところが、25日の与野党党首会談で石破茂首相は「トランプ大統領はもともとアメリカが一方的に搾取されているという認識だ。この認識を踏まえた交渉なので、言いたいことがあっても、それは言ってはいけないということがある」と述べました。トランプ政権のルール違反に対し、日本政府がまともに抗議していないことを示唆する発言です。これでは、今後も「合意」や協定の一方的破棄が繰り返される危険があります。
 トランプ関税はWTO協定の基本的ルールを踏みにじっています。特に最恵国待遇(加盟国を差別せず、最も有利な待遇を他の加盟国にも平等に与える)原則への違反は明白です。WTO体制下の最恵国待遇原則は、多国籍企業の利益優先の「自由貿易」を広げるという問題をはらむ半面、大国の横暴を抑えるという意義も持ちます。
 米国のWTO協定違反を容認してしまえば、米国は今後ずっと、国ごとに差別的な高関税を課して脅迫し、各国を競争させて米国に有利な譲歩を強要することが可能になります。米国が世界各国を永続的に恐喝し続ける、おぞましい世界貿易システムが完成しかねません。
さらなる貧困へ
 実際、日本政府が「特別扱いを求める」という身勝手な態度で抜け駆け的に日米「合意」を発表した結果、他国はさらに苦しい立場に追い込まれています。
 日本車への関税が15%に下げられたことで、25%の関税が課されるカナダとメキシコは米国への自動車輸出拠点として不利になります。このためゼネラル・モーターズ(GM)など大手3社で構成する米自動車政策会議(AAPC)は22日、日米「合意」を「悪いディール(取引)だ」と批判しました。日本以外の国々は米国の関税を下げるため、いっそうの譲歩を迫られる恐れがあります。
 韓国紙・中央日報(25日付)によれば、トランプ氏は24日、日本の対米投資支援を念頭に「私は他の国にも金を出して関税を下げることを認めるつもりだ」と発言。日本政府の先例を他国に対する恐喝に活用しています。
 「最も大変な目にあうのは途上国です」と増田正人法政大学教授は話します。「ベトナムはすべての米国産品の関税ゼロに追い込まれました。WTOルールに従えば、ベトナムは他国からの関税もゼロにしなければなりません。貧困な国をさらに貧困に追い込むのかという話です。もはや貿易の枠組みが壊れています。経済大国の日本は、米国のルール違反を是正する多国間協調を主導するべきでした」
 ルール違反の是正を求めないばかりか、「日本の特別扱い」をねだって恐喝外交に屈従した石破政権の「合意」は、米国の経済覇権主義を助長し、自国民のみならず他国民にも損害を与えているのです。