「貯蓄から投資へ」①、②(「赤旗」)

2022年12月30日
【赤旗】12月27日「貯蓄から投資へ」①
 岸田文雄政権は「貯蓄から投資へ」国民の資産を誘導する政策を「新しい資本主義」の主柱に据えています。しかし投資の現場では、正当に成立した取引を外資系法人が一方的に取り消し、顧客に損害を与えた例もあります。実態を知る弁護士は「国民の資産が外資の食い物にされる恐れがある」と指摘します。(杉本恒如)

 東京都中央区銀座の投資会社の幹部B氏は3月、会社の業務として行ったオンライン金融取引(インターネットを介した金融取引)をめぐって「前代未聞」の事件に巻き込まれました。
◆利益確定後に
 ニッケルを買っていたB氏は、ロシアのウクライナ侵略後に価格が高騰した局面で売却し、利益を確定させました。すると取引相手の金融商品取引業者が翌日、すでに成立した取引を取り消すと通告してきたのです。さらにB氏は注文を出していないのに、高騰した価格でB氏がニッケルを買ったという取引を、業者側が勝手に成立させました。その後の価格暴落でB氏は巨額の損失を被りました。
 B氏の取引相手は日本法人のIG証券株式会社。親会社は「オンライン金融取引のグローバルリーダー」を自称する英国のIGグループ(1974年設立、本社ロンドン)です。世界各国に24の事務所を置き、38万人以上の顧客を抱えます。
 日本のIG証券は2002年に別の会社名で設立され、08年にIGグループの傘下に入りました。経済産業相と農林水産相から商品先物取引業の許可を得て、09年5月から「商品差金決済取引」を開始しています。
 差金決済取引(CFD)とは、商品の受け渡しや対価の支払いを行わずに売買差益を得ることを目的とした取引です。株式指数や原油など、さまざまな商品を投資対象とし、現物を保有することなく売買を行います。
 例えば、値上がりを予想してニッケルを買「っ場合、ニッケル取引の総額より少額の証拠金(担保)を差し入れれば取引が成立します。その後、任意の時点でニッケルを売却して決済を行います。ニッケルが値上がりして
いれば利益が出て顧客資金に加算され、値下がりしていれば損失となって顧客資金から減算されます。差し入れ
る証拠金を大きく上回る取引額となるため、利益も損失も膨らみます。値下がりを予想して「売り」から取引を
始めることもできます。
 IG証券は動画共有サービス「YouTube」(ユーチューブ)上にCM 動画を流し、顧客獲得を図っています。若者に大人気の有名俳優を起用し、さわやかな語り口で投資を推奨しています。「もし目に映るすべてが投資の対象になれば、投資は変わる。どんな状況でも、チャンスをつかめる。IG証券のCFD は、株から金、原油まで取引可能。攻める人に、新しい投資を」といった調子です。人気俳優の出演するcM の再生回数は1000万回を超えてい
ます。
◆法令より約款
 IG証券は差金決済取引で約1万7000銘柄を扱っており、国内業者で圧倒的な銘柄数を誇ります。ニッケルの差金決済取引を扱うのもIG証券だけです。市場で独占的地位を築いています。
 B氏は「ニッケルの取引にあたってはIG証券を選ぶしかありませんでした」。しかしIG証券の約款は顧客に不利な内容になっているといいます。
 「日本の法令より約款を上に置いているのです。IG証券に完全な自由裁量があり、取引の取り消しや変更もできる。『おれが決めたことは何でも通る』というやり方です」(つづく)(2 回連載です)

【赤旗】12月28日「貯蓄から投資へ」②
 日本でオンライン金融取引を行うIG証券の収益は急成長しています。英国IGグループの年次報告書によれば、2022年度の日本での収益は9850万£(約157億円)。21年度の6870万£から43%伸びました。
 IGグループは、業績好調の理由のーつは「ターゲットを絞って有名な俳優を起用し、ブランドを確立して新
しい顧客を呼び込んだ」ことだと強調しています。CM動画を使って若年層を取り込んでいるとみられます。
◆元本の10倍も
 IG証券が扱う金融取引の中心は、現物を保有せずに原油や金などの売買差益を狙う商品差金決済取引(CFD)です。IG証券とのニッケル取引で不当な損害を被ったB氏は「商品差金決済取引は若者にとってパチンコのかわりになっている」とみます。「4千円の証拠金で4万円の取引を行うこともでき、大きな利益を得られる可能性があります。しかしリスクも大きく、個人投資家がもうけるのは簡単ではありません。英国のIGグループのホームページでは、投資家の77%が損をしていると注意を促しています」
 B氏に対するIG証券の対応から二つの間題点が浮かび上がります。第一は、IG証券が自社の利益のために取引のルールをゆがめており、違法行為の疑いがあることです。
 IG証券が扱う商品差金決済取引は「相対取引」(市場を介さず売り手と買い手が直接行っ取引)です。IG証券自身が取引の当事者となり、顧客との間で価格や取引量を決めます。B氏がニッケル取引で利益を得れば、IG証券に損失が生じます。この損失を回避するために通常、金融商品取引業者は第三者に「カバー取引」を発注します。B氏にニッケルを売る場合、第三者からニッケルを買うのです。これで損益は帳消しとなり、手数料収入を稼げます。
 ロシアのウクライナ侵略後にロンドン金属取引所(LME)は、高騰したニッケルの取引を停止した上、成立した取引まで取り消す異例の措置を取りました。このためカバー取引ができなかったというのが、IG証券がB氏との取引を取り消した理由です。B氏が売ったニッケルをもう一度買った扱いにすることで取り消しが完了すると強弁しています。
 B氏は「カバー取引はIG証券のリスク管理の問題です。私との取引には何の関係もない。仮にIGグループがLME の行為で損失を被ったとしても、私に転嫁するのは筋違いです」と憤ります。
 「私が売ったニッケルをIG証券は買い、取引が成立しました。成立した取引を一方的に取り消し、私が注文していないニッケルの買いを成立させたのは無断売買であり、悪質な違法行為です。商品先物取引法は、顧客の注文を確認せずに取引業者が無断売買を行うことを禁じています」
◆有利な仕組み
 IG証券が顧客の意向を無視した取引を強行できるのは、オンライン取引システムの管理者だからです。システム管理者が取引当事者になり、自社の都合で取引ルールをねじ曲げています。
 第二の問題点は、顧客との間で結んだ不当な約款を理由に、IG証券が違法の疑いのある行為を合理化していることです。約款には「甲(IG証券)は、自らの自由裁量により、当該取引を最初から無効と見なす」ことができるとの規定があり、無効とする根拠は無限定です。個人にも法人にも同じ約款が適用されており、B氏と同様の被害が広範に及ぶ恐れがありますo 
 B氏の相談を受けて経済産業省・金融庁・公正取引委員会に申し立てを行った椎名麻紗枝弁護士は「IG証券は優越的地位を利用して、日本の法令を無視した約款の適用を顧客に強要している」と指摘。国民全体のためにも事態を放置できないと話します。
 「岸田政権は国民の金融資産2000兆円を投資へ誘導する目標を掲げ、海外資産運用業者の参入を促進すると表明しています。海外資本が無軌道に参入すれば、日本国民の資産が収在ぎれる恐れがあります。法的規制を強めるべきです」
 IG証券は違法の疑いに関する本紙の間い合わせに回答しませんでした。(おわり)