加速する経済安保(上)、(中)、(下) (「赤旗」)

2022年9月3日
【赤旗】9月1日 加速する経済安保(上)―深まる米台の半導体依存
 日米両政府は、対中国を念頭に置いた経済安全保障の具体化を推進しています。世界の覇権を狙う米国の戦略に日本経済を巻き込み、自律性を阻害する危険なもくろみです。(日隈広志)

 「中国が台湾に侵攻すれば関係国すべての敗北だ」。8月3日、半導体受託製造(ファウンドリー)世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)の劉徳音会長は米メディアにこう述べ、台湾をめぐる米中の軍事的緊張に対して警鐘を鳴らしました。
◆台湾訪問に報復
 ペロシ米連邦下院議長率いる米議員団による2日の台湾訪問に対し、中国軍は2日から台湾周辺で実弾射撃を伴う軍事演習を実施して威嚇。台湾からの食品輸入規制の措置など報復行動に出ました。
 ペロシ氏は3日発表の「台湾訪間を総括する声明」で訪台のハイライトが、①安全保障に関する台湾への米国議会の支援継続の確認②米国議会が7月末に可決した対中国の半導体産業への支援法「CHIPSおよび科学法」(CHIPS法)の説明③気候危機への取り組み―だったと指摘。半導体生産の協力強化が主目的のーつだったことを明らかにしました。
 バイデン米大統領は9日、CHIPS法の大統領令に署名しました。今後5年間で半導体の研究開発や製造を行う各産業に約527億㌦(約7兆2億円)の直接支援と数百億が規模の税額控除を行います。半導体以外に量子コンピューターや人工知能(AI)などの先端技術を含めれば支援総額は2800億㌦を見込みます。同法による支援を受けるには「中国や他の懸念のある国で特定の施設を建造しないことが条件になっています。
 米国半導体産業協会(SIA)は「半導体における米国のリーダーシップを再び示すための出発点」だと歓迎。米国では2020年、TSMCがアリゾナ州に120億㌦を投じる新工場建設を表明して以降、21年の韓国サムスン電子によるテキサス州への最先端半導体工場(総投資額170億㌦)の新設など、海外企業を誘致した半導体の工場新設が相次いでいます。
 CHIPS法はこうした誘致の動きを後押しし、「(中国という)敵対国からの依存を低減する」(レモンド米商務長官)との狙いがあります。
 中国国営新華社通信によると、中国商務省報道官は18日の記者会見で、CHIS法に対し「中国は断固反対する」として、関連企業の中国における正常な経済や貿易などの活動を制限し、「明らかな差別的性質を持っている」と批判しました。
◆覇権争いに影響
 米中対立の背景には、世界の半導体受託製造分野で世界シェアの60%以上を占める台湾の存在があります。
 家電製品などIOT(モノのインターネット)機器に使用される40㌨㍍のIC(集積回路)の世界の生産能力シェアは、TSMCをはじめ台湾の主要4 企業で53%に達します。
 5Gのスマートフォンなどに搭載される最先端の微細化技術の7㌨㍍、5㌨㍍のロジックIC は、21年時点で世界の生産能力の92% が台湾に集中。「世界最先端の半導体製造技術技術も今後台湾を中心に発展していく」(5月、日本貿易振興機構報告書)と予測されています。
 最大手のTSMCは18年に中国に生産拠点を設け、米中両国に生産拠点を設営。21年のTSMCの販売先は北米が65%、中国が10%に上ります。
 工業経済学の藤田実・桜美林大学教授は、最先端技術の台湾一極集中が「米中の覇権争いに大きく影響を及ぼしている」と指摘します。コロナ・パンデミック(世界的流行)とロシアのウクライナ侵略によって世界で半導体のサプライチェーン(供給網)の寸断問題が顕在化しています。藤田氏は、ペロシ氏の訪台が米国のこの間の対中国の供給網確保の動きのーつだと指摘。「米国も中国も、軍事的緊張を高めてでも、自らの覇権のために動いている」と語ります「(つづく)

【赤旗】9月2日 加速する経済安保(中)―法律の具体化を急ぐ政権
 日本政府は、米国の動きに歩調を合わせ、対中国戦略の経済安全保障を進めています。
 「経済安全保障推進法を実行に移し、機微技術の流出防止や、サプライチェーン(供給網)の強靱(きょうじん)化等を急ぐ必要がある」。 岸田文雄首相は8月10日の第2 次改造内閣発足の記者会見の冒頭でこう述べ、経済安保法の具体化加速を訴えました。
 また、半導体の安定供給について間われると、「国内における産業基盤の整備とあわせて有志国、地域との連携強化を進めていかなければならない」として米国との共同歩調を語りました。
◆憲法違反の兵器
 岸田政権は8月30日、経済安保戦略で研究開発を支援する重要技術27項目を選定。対象となった「極超音速」については、対中国の「極超音速ミサイル」開発を念頭に置き、憲法違反の〝敵基地攻撃兵器〟の開発を促進するものです。
 研究開発は防衛省も参加可能な官民協議会が支援。その資金の「経済安全保障重要技術育成プログラム」(経済安保基金)は5000億円規模を見込み、昨年度の2500億円から倍増を狙っています。
 内閣府に設置された経済安全保障推進室(8月1日)には、防衛省職員が参加します。
 先端技術の軍事利用(デュアルユース)の現実的な危険が高まっています。
 一方、政府は半導体受託製造(ファウンドリー)世界最大手・台湾積体電路製造(TSMC )の国内誘致に4760億円など、半導体特定企業に巨額の助成金を拠出しています。
 専門家らから「産業の復活につながるのか」と疑間の声が上がります。
 TSMC が熊本県菊陽町に建設中の新工場を運営するJASM の堀田祐一社長は「日経」(8月23日付朝刊)のインタビューで、雇用全体1700人のうち、台湾から300人、ソニーから200人、派遣会社から500人となり、残りの700人が新卒・中途採用の社員だと説明。日本共産党の小林久美子・菊陽町議は、「富士フイルムやソニーなどこれまでの大企業誘致でも地元の雇用活件花にはつながらなかった」として、「町や県の新たな負担増になるのではないか」と指摘します。
 電化製品の制御を担う半導体は、演算に使用されるロジックIC(集積回路)、情報を記憶するメモリーICなどからなり、パソコンやスマ1 トフォン、自動車、工場の自動制御装置な建造中のTSMCとソニー子会社の新工場=8月15日、熊本県菊陽町ど幅広い分野で使用されています。
 半導体産業では回路線幅を「45㌨㍍」、「10㌨㍍」以下と細めて、より多くのトランジスタ「(電流増幅・切り換えの素材)を集積して高速動作を早めるなど性能向上を微細加工技術で競っています。
 半導体は、日本ではかつて「産業のコメ」と言われ、1988年には日本の売上高が世界シェアの50・3%を占めてトップでした。しかし、86年から10 年間の「日米半導体協定」で米国の圧力を受けて衰退をたどり、2019年にはシェアが10%にまで落ち込みました。
 現在、日本に22㌨㍍以下の製造能力はありません。
◆産業の空洞化も
 TSMC などが実現した微細化半導体の量産化を日本で再現することは、巨額な製造装置の生産費用がかかり、現実的ではありません。
 半導体の製造装置と素材という日本独自の強みを生かす必要があります。製造装置の塗布装置は、日系企業が世界シェアの9割を占め、IC チップを切り出す素材のシリコンウエハー(基盤)では約6割のシェアです。
 ただ、工業経済学の藤田実・桜美林大学教授は「米中対立の激化が、日本の製造装置・素材部門の産業の育成の障害になりかねない」と言います。
 米・中両国で、半導体生産が海外委託から国内製造に向帰しており、「日系企業の工場も米国などに海外移転を余儀なくされ、日本国内の産業の空洞化の恐れがある」と指摘。「米中両大国の戦略のどちらにもくみしない国の込勢が自律的な産業復興の条件だ」と話します。(つづく)

【赤旗】9月3日 加速する経済安保(下)―次の狙いは適性評価制度
 岸田文雄政権の次の狙いは、機微情報を扱う民間企業や研究者を政府が審査・評価する「セキュリティー・クリアランス(適性評価制度)」の導入です。米国と経済安全保障戦略で連携するうえでのスパイ防止体制参入に向けた動きでもあります。憲法違反の秘密保護法制の拡大となり、深刻な人権侵害を引き起こす危険があります。
◆法制化急ぐ考え
 第2次岸田改造内閣の高市早苗・経済安保担当相は8月29日のメディアのインタビューで、適性評価について「確実に検討しなければいけない課題だ。個人情報の調査を含むので、まずは求められる具体的な事例の把握と検証を早急に行いたい」と述べ、法制化を急ぐ考えを表明しました。
 自民党は今夏の参院選で、「重要情報を取り扱う者への資格付与について、可及的速やかに制度整備を含めた所要の措置を講ずるべく検討」すると公約していました。
 高市氏は、対中国の適性評価制度を繰り返し訴えてきた人物。昨年の自民党総裁選への立候補時に出版した著作では、中国の国家戦略である「中国製造2025」(15年)と「軍民融合」(16年)に対抗するためだとして、「学術機関・研究機関・企業が『機密にアクセスできる人材を認定』する為のスクリーニングを実施する制度も導入する」と指摘しました。
 「適性評価」を実施している米国には適性評価の有資格者が400万人いるといわれます。米連邦捜査局(FBI)が審査の実務を
担当し、家族や交友関係、資産、飲酒歴、犯罪歴、麻薬使用歴、財務状態などが審査項目になっています。
 こうした適性評価制度を日本に導入すれば、秘密保護法の拡大につながります。プライバシーと学間の経済安保に関する経団連と公安調査庁の共同シンポジウム=6月2日(公安調査庁のツイッターより)自由の侵害や、労働者の不利益取り扱いを招く重大な憲法違反の制度です。
◆米国と情報共有
 適性評価制度導入には、米国と機密情報を共有し、スパイ防止体制を構築する狙いもあります。
 米国は英国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドとともに機密情報共有の枠組み「ファイプ・アイズ」をつくり、適性評価の適格者を相互承認しています。この枠組みへの加入に適性評価が必要とされています。
 自民党の新国際秩序創造戦略本部は20年12月の提言『経済安全保障戦略策定』に向けて」で、「民間企業における経済インテリジェンスの機能強化」として、ファイブ・アイズへの参画を提案しました。
 昨年の自民党総裁選では、候補者だった河野太郎・現デジタル担当相がファイブ・アイズ加入を訴えました。
 高市経済安保担当相も、21年8月のネットメディア「エス・エス・エルフォーラム」での対談で、ファイブ・アイズ加入に「賛成」だと表明し、加入に向けて海外で活動する日本の諜報(ちょうほう)機関の設置や刑事訴訟法の改定に言及しました。
 今年6月2日には、経団連と公安調査庁が米連邦捜査局(FBI)を招待し、経済安保に関する大規模シンポジウムを開催。和田雅樹・公安調査庁長官は同庁とFBIが「緊密に協力している」と述べ、ラーム・エマニュエル駐日米国全権大使は中国を念頭に置いた知的財産の窃盗対策など「重要課題における日米協力は極めて重要だ」と言及しました。FBI のボイデン法務官が基調講演を行い、中国政府が「無慈悲で容赦ない経済スパイ」の方針と人材、能力を持っているとして、対中国の諜報活動をガ指南ガしました。
 日米両政府は、軍事も含めた機密情報の共有が経済安保戦略に欠かせないと位置付け、急ピッチに体制づくりを強めています。(おわり)