点検 経済安保法案①、②、③(「赤旗」)

2022年3月12日
【赤旗】3月10日~12日 点検 経済安保法案①
 岸田文雄政権は2月25 日に、「経済安全保障推進法案」を閣議決定しました。問題点を点検します。(金子豊弘)
 
 「経済安全保障推進法案」は四つの柱からなっています。
 ①供給網強化②基幹インフラの事前審査③軍事技術を含む先端開発支援④機微技術の特許非公開化―の四つです。①と②が「戦略的自律性」といわれる「守り」の分野で、③と④が「戦略的不可欠性」といわれる「攻め」の分野だとされています。
◆概念の定義なし
 「経済安全保障」と銘打つものの、法案には「経済安全保障」という概念の定義が定められていません。
 小林鷹之経済安全保障担当相は昨年10月5日、閣僚就任直後の記者会見で、「経済と安全保障を一体として捉えていく経済安全保障という新しい政策分野というものを、国として進めていかなければならない」と強調しつつ、政府としての「定義」は今後の課題であり、「速やかに検討」する意向を示していました。ところが法案は、「経済安全保障」の定義を示していません。
 条文の第1章第1条では、「安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進するこ政財官癒着を強化とを目的とする」としています。具体的な分野としては、さきに挙げた4分野です。経済政策は、あくまでも「安全保障の確保」のためだということです。
 自民党政権のいう「安全保障」とは日米軍事同盟を基軸としたものです。米国の対中戦略に日本の「経済力」を動員するための法案だ、ということが法文から見えてきます。
◆権限拡大の危険
 しかも、「経済安全保障」についての定義がないため、政府の各種施策に「経済安全保障」という看板さえつければ、政府の財政・金融支援が可能となる法案です。4分野それぞれの箇所で、具体的な施策は政省令で示すこととされています。中央省庁の権限が拡大していく危険性が極めて高くなっています。
 まず①の供給網強化では、政府が特定重要物資を指定することになっています。この特定重要物資とは「国民の生存に必要不可欠」「国民生活もしくは経済活動が依拠している重要な物資」であり、「外部に過度に依存し、または依存するおそれがある場合」、「外部から行われる行為」によって安定供給確保が脅かされるもので「特に必要と認められる物資」だと法案は規定しています。
 特定重要物資とものものしい表現になっていますが、その具体的な中身については「必要不可欠」「外部に過度に依存」、「おそれ」などの抽象的表現となっています。その「物資」は物理的な有形物だけでなく、「プログラムも含む」とされています。
 政府は民間企業が策定した安定供給確保のための計画を認定します。計画には、生産基盤の整備や供給源の多様化、備蓄、生産技術開発などが含まれます。
 経団連は、「安全保障の観点からサプライヂェーンの強靭(きょうじん)化に向けて政府が施策を講じるにあたっては、規制的な手法ではなく、企業の主体的な取り組みを後押しすることを基本とすべきである」(2月9日の意見)と注文を付けています。
 もし、特定重要物資を指定することに政治家が介入し、特定企業と官庁の仲をとりもつということになれば、政財官の癒着構造がつくられることになります。「政財官癒着強化法案」になりかねない危険性をはらんでいます。(つづく)(3回連載です)

【赤旗】3月11日 点検 経済安保法案②
 経済安全保障法案の2番目の柱である基幹インフラの事前審査は、「外部」からのサイバー攻撃を防ぐことが主目的です。仕組みの概要は以下の通りです。
◆計画書を届け出
 電気やガスなどの基幹インフラの重要設備が、「わが国の外部からおこなわれる」「役務の安定的な提供を妨害する行為の手段として使用されるおそれがある」場合、政府が対象分野と対象事業者を指定します。
 対象分野には、法案で電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカードの14分野が大枠として示されています。具体的に対象となる事業者は、さらに絞り込むことになっています。
 指定された事業者は、重要設備の導入、維持管理など委託に関する計画書を事前に届けることが求められます。計画書には、重要設備の概要、内容・時期、供給者、重要設備の部品、維持管理などの委託の場合は、委託の相手や再委託についても記載が求められます。
 事業所管大臣は、届けられた計画書を基に、外部からのサイバー攻撃などの恐れがあるかどうかを審査することになっています。
 所管大臣が審査の結果、妨害行為の手段として使われる恐れが大きいと判断したときは、その設備の導入や維持管理などの内容の変更や中止などを勧告することになります。その勧告に応じない場合には命令に切り替えることになります。
 命令という強い権限を背景に、政府が企業活動に介入すれば、効率性の低下や設備投資の遅れ、ひいては、経済戦略のゆがみという事態が発生することも想定されます。
◆審査能力に不安
 経団連は「事前審査により設備の導入や業務委託が滞ることは事業活動への影響が大きい」(2月9日の「経済安全保障法制に関する意見」)と指摘しているところです。
 経済同友会も「社会活動に欠かせない基幹インフラは、新たに設備を導入する際に国の事前審査を受けることとされた。これは事業者にとって新たな規制となるため、対象の明確化とともに予見可能性を高めることが欠かせない」(意見書、2月16日)としています。
 そもそも、中央官庁にどれほどの審査能力があるのか、関係者からは不安の声が聞こえてきます。
 日本の「経済安全保障」戦略のモデルである米国は、貿易上の取引制限リストであるエンティティー・リストを発表しています。エンティティーとは、特定の外国人、事業体または政府の総称です。米国は、軍事・外交戦略に基づいてリストを公表しています。中国国有通信機器大手、中興通訊(ZTE)や、華為技術(ファーウェイ)などがその対象となっています。 
 日本政府による事前審査は、どのような基準でおこなわれるのか不透明です。米国政府のリストを横滑りさせただけの事前審査になる可能性すらあります。
 どのような設備投資をするのか、調達先はどうするのかなど、企業戦略の根幹にかかわる問題が、米国の対中軍事・外交戦略に左右されることになりかねません。(つづく)

【赤旗】3月12日 点検 経済安保法案③
 法案の3番目の柱は、軍事技術を含む先端開発支援です。
◆用語含まずとも
 この法案で支援措置をおこなう特定重要技術について、第61条では、将来の国民生活および経済活動の維持にとって重要なものとなり得る先端的な技術のうち「外部に不当に利用された場合または当該技術を用いた物資もしくは役務を外部に依存することで外部からおこなわれる行為によってこれらを安定的に利用できなくなった場合において、国家および国民の安全を損なう事態を生ずるおそれがあるもの」と規定しています。
 この規定には、軍事技術への支援ということは用語として含まれていません。しかし、同法案の第1章第1条では、「安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進することを目的とする」としているため、「安全保障」のための技術開発支援であることは明らかです。
 さらに、政府が作成した法案概要の資料には、「民間部門のみならず、政府インフラ、テロ・サイバー攻撃対策、安全保障等のさまざまな分野で今後利用可能性がある先端的な重要技術の研究開発の促進とその成果の適切な活用は、中長期的に米軍事研究の下請けもための措置を実施します。
 「特定重要技術の研究開発の促進」「成果の適切な活用」のため基金を指定することになっています。この基金は、「経済安全保障重要技術育成プログラム」が想定されています。同基金には、2021年度補正予算で2500億円の予算がすわが国が国際社会における確固たる地位を確保し続ける上で不可欠」であるとして、支援措置を講じるとしています。想定されている分野は宇宙・海洋・量子・人工知能(AI)などです。
 国はまず特定重要技術研究開発基本指針を策定します。この指針に基づいて特定重要技術の研究開発に対して、必要な情報提供、資金の確保、人材の育成・資質の向上のでに組まれています。
 軍民両用技術研究への支援措置としては、すでに防衛省の「安全保障技術研究推進制度」が存在します。この制度は、あくまで「基礎研究」への支援です。軍事研究にくみしない研究者の強い意思を反映して、その実績は年間100億円程度にとどまっています。
◆警戒心薄れさせ
 今回の法案では、防衛省は前面には出てきません。そのため軍事研究への研究者の警戒心を薄れさせ、支援金額も拡大し、より実戦的な先端技術開発をすることに狙いがあるようです。
 今回の法案では、プロジェクトごとに協議会を設置することにしています。協議会は、情報の収集や研究成果の活用などを協議することとなっています。外国籍の研究者であってもメンバーになることができます。そのため米軍関係者や米軍需産業の関係者がメンバーになることもできます。このことから、日本の税金で米軍が必要とする軍事技術の開発さえ可能になります。米国との力の差から、日本が米軍事戦略を支える下請け的役割を担わされることにもなりかねません。
 4番目の柱は、特許の非公開制度の導入です。専門家からは、「恣意(しい)的で不透明な特許の非公開制度の存在は、学術や技術の体系全体にゆがみをもたらし、市民生活を公平で豊かなものとする本来のイノベーションを妨げる」との声が上がっています。(おわり)