社会保障と新自由主義①ゾンビのようなしぶとさ、②「必要充足」から逸脱、③呪文のように「自助共助」、④「新規まき直し」の好機(「赤旗」)

2021年12月26日
【赤旗】12月15日 社会保障と新自由主義①―ゾンビのようなしぶとさ
 新型コロナウイルス危機の下で関心が高まった社会保障と新自由主義の関係について、二宮厚美神戸大学名誉教授に聞きました。(杉本恒如)

―岸田文雄氏が「新自由主義からの転換」に言及して首相になりました。どうみますか。
 国民生活からみれば、新自由主義の破綻は明らかです。
 1990年代後半以降、新自由主義思想に沿って労働法制を緩和した結果、低賃金の非正規労働者が増え、貧困と格差が広がりました。大企業や富裕層の得た利益が庶民にしたたり落ちる「トリクルダウン効果」は起きませんでした。下から上へ富を吸い上げる「ストロー効果」を強めたのだから、起きるはずがありません。
 また、新自由主義思想に沿って社会保障費を圧縮し続けた結果、新型コロナ感染症が広がった途端に保健‘医療体制が崩壊しました。感染拡大の第4 波から第5 波にかけて、入院できずに自宅待機とされる感染者が続出しました。大阪では自宅待機中の感染者が毎日毎日、命を落としました。安倍晋三元首相と菅義豊削首相は立て続けに「コロナ敗戦」に見舞われ、首相の座を放り出しました。
◆圧力に押されて
 誰の自から見ても新自由主義の政策が破綻する中で、岸田氏は総選挙に向けて野党共闘勢力との政策的対決を意識せざるを得ませんでした。著書『岸田ビジョン』で岸田氏が「残念ながら、『トリクルダウン』の現象はまだ観察されていない」と書いたのは、新自由主義の破綻を認めたものです。保育、介護、医療従事者の給与水準の見直しを言い出したのも、野党共闘の圧力に押された結果です。
 しかし、発足後の岸田政権の政策をみれば、そうした部分的手直しすら不十分です。雇用や社会保障の分野で新自由主義の枠組みを根本から転換する発想はありません。国民生活との関係で破綻しても、新自由主義は簡単にはつぶれないのです。
―なぜ新自由主義はしぶといのでしょう。
 現代の新自由主義を三つの視点から把握すればわかります。
 第一は、市場原理主義の教義という性格です。すべての財貨やサービスを市場取引に委ねることが国民生活と経済に最良の結果をもたらすと説きます。この考え方が貫徹すると、市場競争の勝者が利益を総取りし、敗者は生存権すら保障されない、弱肉強食のジャングルの法則が現れます。例えば、等価交換の市場取引ではサービスを受けるために同等の対価を支払わなければなりません。社会保障分野にこの「応益負担」原則が持ち込まれた結果、患者負担や介護利用料が次々に引き上げられ、生存に必要な医療・介護を受けられない事態が生じています。
◆聖域に風穴開く
 第二は、規制緩和と民営化・営利化の推進力とい「つ性格です。現代社会では市場原理はむき出しの形では通用しません。市場原理に敵対する人権原理があるからです。人権原理は、市場部門の外に公共部門をつくって営利企業を排除し、教育・福祉・医療・雇用・環境・文化・研究などを守ってきました。これらの「聖域」に規制緩和や民営化で風穴を開ける新自由主義的改革が全国の自治体を席巻した結果、公共部門は空洞化してしまいました。
 第三は、福祉国家解体戦略のために体制側が動員するイデオロギーという性格です。多国籍企業に変貌した現代の大企業は福祉国家を邪魔者扱いします。グローバル市場を相手に競争する大企業は、国内需要の不足を大きな問題とせず、総人件費と税負担の削減に明け暮れるからです。生存権・労働権・環境権・教育権などの人権を保障する財源-を大企業に求める響国家一を妨害物とみなし、縮小・一解体をたくらむのです。市場原理主義・規制緩和・民営化はそのための戦略とされます。
 他方で、福祉国家への諸一国民のニーズは繰り返し生-まれ、封じ込めることができません。コロナ危機と地一球環境危機が大企業への課税や規制を焦点に押し上げーたのは典型的事例です。新一自由主義は繰り返し破綻しーながら、多国籍型大企業の一要求に応じて、新たな福祉一国家の芽をつぶす戦略とし一て繰り返しよみがえります。これが、哲由主義がーゾンビのように生き延びる…理由です。(つづく)(4回連載です)

【赤旗】12月16日 社会保障と新自由主義②―「必要充足」から逸脱
―新自由主義の政策は、社会保障制度をどのよつに変質させてきたのでしょうか。
 日本の社会保障が本来どんな原則で成立しているかという点は、明確にいえます。憲法25条で生存権を保障する国の責任が規定されているからです。
 一言でいえば、「必要充足・応能負担原則」です。給付は生存のための必要に応じて保障し、負担は支払い能力に応じて課すという原則です。新自由主義はこれを「私的欲求充足・応益負担原則」に変えます。両者の違いを対比しながら説明してみましょう。
 日本の公的医療制度では、患者は自己の私的欲求に基づいて医療サービースを選ぶのではありません。医師が病気を診断し、健康のために必要と判断した治療を、患者の合意に基づいて提供します。給付が保障されるのは現金ではなく、医療行為の現物です。医師が必要と認め、保険診療に含まれる治療法であれば、費用がいくらかかっても施せるし、施さなければなりません。
 必要充足原則に基づくと、必要なサービスは、現物の形で保障されなければならないのです。重要なのは、金額の上限を設けないということです。現物給付原則どいいます。
 保育や教育や福祉でも原則は同じです。例えば、生活保護の生活扶助費は、現金で支給されますが、その金額は日常生活に必要な食費・被服費・光熱費などを綿密に計算して決定されています。
◆給付に上限設定
 新自由主義は、これを現金給付方式に変えることで、必要充足原則から逸脱します。典型が介護保険制度です。保険給付に金額で上限を設けたのです。
 要介護度5の人であれば、月額約36万円まで保険サービスを使うことができ、自己負担額を除いた費用が保険から給付されます。保障されるのは現物のサービスではなく、一定額の現金なのです。36万円を超えるサービスについては全額自己負担になる一方、介護保険のメニューにないサービスも、自己負担で自由に併用できる仕組みです。
 これでは、必要な介護が保障されません。重度の要介護者の場合、人間的な生活保障には月々60万~80万円程度の介護給付が必要だというのが常識です。それを36万円で打ち切る。それ以上のサービスについては、対価を支払える人だけが、専門家の判断によらず、私的欲求を満たす形で使えばよいという仕組みなのです。「私的欲求充足・応益負担原則」と呼ぶ理由です。
 利益に応じて負担する「応益負担」とは、実は、市場取引の原則です。この原則に基づき、公的医療・介護の自己負担割合は2~3割に引き上げられてきました。こうした新自由主義的な社会保障改革が必要充足原則を壊し、医療・介護難民を生み出しています。
◆絶望郷を夢見る
―究極の現金給付方式がベーシック・インカムですね。
 新自由主義の元祖ミルトン・フリードマンが提唱した「負の所得税」はベーシック・インカムの原型とされ、新自由主義派が夢見る制度です。国民に一定額の最低所得を保障するかわりに、あらゆる社会サービスを現金給付に一本化し、それでおしまいにしてしまう。必要なサービスは市場で買いなさいとなる。生存に必要な現物給付を国家が保障する必要がなくなり、給付額の上限が確定するので、社会保障費の圧縮をめざす新自由主義のユートピア(理想郷)となっています。
 フリードマンは「老齢扶助、社会保障給付の支払い、扶養児童手当、一般援助、農産物価格支持制度、公営住宅」などを現金給付に一本化すれば、現状の「半分以下の費用ですむ」(『資本主義と自由』)と主張しました。多くの国民にとっては、生きるために必要な手術も受けられないディストピア(絶望郷)となるでしょう。
 理論的には、新自由主義的ではないベーシック・インカムも考えられます。例えば、高齢者向けの最低保障年金はその一種で、実現すべき課題です。
 しかし、日本維新の会などの新自由主義派が唱えるベーシック・インカムは、フリードマンの構想に近づけて社会保障を縮小する方向です。部分的に導入する構想でも、必要充足原則を破壊し、生活保護を切り詰めるなどの効果を発揮することに警戒が必要です。(つづく)

【赤旗】12月17日 社会保障と新自由主義③― 呪文のように「自助共助」
―会保障を支える財源の面でも新自由主義的な「改革」が進められてきました。
 公共財源についても憲法の原則は明確です。支払い能力に応じて負担を課す応能負担です。すべての所得を合算し、総所得に応じて税率を上げる総合累進課税が本来の姿です。
 ところが新自由主義的なグローバル化の中で、この応能負担原則が崩されてきました。高利潤の大企業や高所得の富裕層は、高い税率を課す国を逃れて、低税率の地域に資金を移す自由を手に入れたからです。
 この問題は2010年代前半の欧州債務危機の時期にあらわになりました。フランスの政権が所得税の最高税率を上げようとしたら、高所得者らの「国外脱出」が相次いだのです。各国の大企業も同様に「高い税金をとるなら海外に逃げるぞ」と脅しをかけ、法人税率の軽減を迫ってきました。過去20~30年の間に所得税の最高税率と法人税率が全世界的に引き下げられ、税制が空洞化しました。
◆ヨコ型の基幹税
 新自由主義派は、富裕層と大企業に逃げられないために、別の財源に頼るしかないと主張します。それが消費税の基幹税化です。
 日本では1989年の消費税導入以来、個人・法人所得税の減税と皿握貝税の増税を基本とする税制改革が呪文のように「自助共助」進められました。安倍晋三政権は法人実効税率〈国・地方の法定税率)を37%から29・74%へ下げ、消費税率を5%から10%に上げました。基幹税としての所得税を骨抜きにし、消費税を基幹税にすえることが、新自由主義の税制改革戦略です。
 この戦略は、税・財政の所得再分配構造に重大な転換を呼び起こします。憲法の応能負担原則に基づく税・財政構造は、基幹税としての所得・資産税を財源とし、社会保障給付などを通じて、垂直的な所得再分配を行うものでした。すなわち所得の上層から下層へと、タテ型の再分配を行うということです。
 しかし消費税は所得の低い人ほど負担率が高い逆進的な大衆課税です。消費税を財源にした所得再分配はとつてい垂直的とはいえません。大衆内部で右からとって左に流す、ヨコ型の水平的所得再分配にとどまります。
 新自由主義的税制改革によって、税・社会保障による所得再分配の構造が変質してしまう。これが貧困と格差の重大要因となります。
―現在、日本の新自由主義派が掲げている社会保障の理念はどんなものですか。
 現代日本の新自由主義的改革は「権利としての社会保障」を「共助・連帯としての社会保障」に転換します。それを定式化したのが「全世代型社会保障」です。2013 年8 月の社会保障国民会議「最終報告」に最初に現れ、安倍晋三政権が定式化しました。「自助・共助・公助」の3層構造を社会保障の指導理念と定めたのです。この指導理念を、菅義偉前首相は呪文のように繰り返し口にしました。岸田文雄首相もそのまま受け継いでいます。
◆給付抑える圧力
 本音は自助だけど、憲法があるから自助だけで通すことはできない。そこで「共助、連帯、相互扶助」のような、権利性が不明確な理念への転換を図る。具体的には「『自助の共同化』としての社会保険制度が基本」だとして、保険主義の強化を打ち出しています。
 保険料が足りない場合、人権保障型の社会保障なら税金を費やして給付を保障しなければなりません。と」一ころが助け合いの保険主義
ではそうなりません。
 ここでは、保険原理で言う財政の収支均等原則重視されます。顧客からとる保険料の総額と、顧客に払う保険金の総額を均等にする原則です。これが社会保険に持ち込まれています。
 例えば介護保険は、保険給付の一定割合(約5割)しか税金を投入せず、残りを介護保険料で支える枠組みになっています。収支均等の原則に従い、給付が増えれば保険料が自動的に上がります。
 この仕組みは給付を抑える強い圧力として働きます。給料の改善を求める看護師や介護職員の声は、保険料が上がってしまうという壁に阻まれています。「共助・連帯」の保険原理によって権利性を後退させ、給付を圧縮するのが新自由主義版の社会保障なのです。(つづく)

【赤旗】12月18日 社会保障と新自由主義④―「新規まき直し」の好機
―岸田文雄政権の社会保障政策は新自由主義の枠内で展開されるとみますか。
 コロナ禍で新自由主義の破綻があらわになり、野党共闘勢力が政策転換を掲げて攻め込んでいたために、岸田首相は総選挙に向けて「新自由主義の転換」というポーズをとらざるをえませんでした。野党の攻勢をかわす狙いだったといえます。
 しかし、岸田政権は「応益負担」「水平的所得再分配」「共助・連帯としての社会保障」といった新自由主義の枠組みを何一つ変えよつとしていません。こうした新自由主義の枠組みを踏襲し、強化しようとしているのが、自民党、公明党、日本維新の会などの政治勢力です。国民民主党もほとんどそちらの方へ軸足を移しています。
 新自由主義からの転換を進めるには、野党共闘による政権交代を実現するほかありません。一方で、自民・公明・維新などは来年の参院選で3分の2 の議席を占めることを狙い、挫折しかけた改憲・新自由主義路線を立て直す野望をあらわにしています。せめぎ合いが強まるでしょう。
◆民衆の怒り爆発
―世界では新自由主義の転換をめざす動きが起きています。
 新自由主義派は、富裕層と大企業に課税すると「国外に逃げる」という理屈で、累進所得税制の無効化を宣言しました。富裕層と大企業への減税を繰り返し、自ら税制を空洞化させながら、財政危機を理由に社会保障給付を圧縮してきました。
 ところが、この身勝手な対応に対して民衆の怒りが爆発しました。「1%対99%」の運動、緊縮財政の転換を求める運動、「富裕層と大企業だけが租税回避地に資金を移して課税を逃れる経済構造は不公正だ」と告発する運動が沸き起こりました。
 富裕層と大企業への減税を進めてきた先進諸国は軒並み、財政が火の車になりました。コロナ禍に対応できない危機的状況に陥る国も出ました。民衆の運動に押されて法人課税や累進課税を見直す動きが強まり、世界共通の最低法人税率を定めるなどの対策が進んできました。米国でも、バイデン政権が法人課税や金融所得課税を強化しようとしています。
 新自由主義的なグローバル化は、税制上・財政上の危機を呼び起こし、支配階級の中からも見直しの動きが出る時代にさしかかったのです。富裕層と大企業に公平な負担を求める草の根運動を強め、新自由主義的な社会保障改革を転換させていくチャンスです。
―コロナ禍の下で医療や介護や保育の現場で働く人々に注目が集まりました。
 全世界的に新たな声が起こりました。「看護師、保健師、介護職員、保育士はエッセンシャル・ワーク(人間の生活に必要不可欠な労働)に従事しているのだから、もっと大切にしなければいけない」という声です。エッセンシャル・ワークという耳慣れない言葉が日本でも流行語になるくらいに、日常的に使われる用語になってきました。
 医療や介護や保育の現場で働く人たちの頑張りがあったからこそコロナ禍が社会崩壊に至らなかったことを、みんなが知っています。これは新しい国民的合意です。「エッセンシャル・ワーク・ニューディール」と呼ぶにふさわしい出来事です。
 ニューディール(新規まき直し)はもともと、トランプで1回のゲームを終えてカードをまき直すことを意味し、1930年代の大恐慌時代にルーズベルト米大統領が「新規まき直し政治」に着手したときに使った用語です。新時代の始まりにはニューディール政治が求められます。
◆運動広げる若者
 コロナ禍の中で生活物資を運んだ非正規の労働者たちを含め、エッセンシャル・ワーカーは低賃金で働き、正当に評価されてきませんでした。こういう人々の要求を東ねて処遇改善の運動を広げていくチャンスの時期が来ています。
 コロナ禍の下では同時に、自然環境の重要性を気候変動危機と結びつけて認識し、人間と自然の関係を見直そうという「グリーン・ニューディール」運動が若者を中心にうねりのように広がりました。エッセンシャル・ワーク・ニューディールとグリーン・ニューディールの連合は、新自由主義への現代的な対抗路線になるでしょう。(おわり)