課税新時代(「赤旗」3回連載―合田 寛氏寄稿)

2021年5月10日
【赤旗】4月27日 課税新時代―政治経済研究所理事・合田 寛氏寄稿(連載3回〈上〉)
 米財務省がバイデン政権の税制改革の基本的考え方を示す「メイド・イン・アメリカ・タックスプラン」を発表しました。その意義について、企業課税に詳しい政治経済研究所の合田寛理事に寄稿してもらいました。

 バイデン政権の新税制プランによる税収増は、15年間で2・5兆が(約270兆円)と試算されています。新型コロナウイルス危機後のニューディール(新規まき直し)として、8年間で総額2兆㌦(約220兆円)を投入する「アメリカ雇用計画」を十分賄うことのできるものとなっています。
◆企業減税見直し
 その内容は、①トランプ政権が35%から21%に下げた法人税率を28%に引き上げる②多国籍企業のタックスヘイブン(租税回避地)への利益移転による税逃れを封じる③国際的な最低税率の適用を強化する④高収益をあげながら税を支払わない企業に対して最低15%の税率を適用する⑤化石燃料への補助金をクリーン産業への補助金に置き換える―などとなっています。
 新税制プランの核心は、これまでの法人税制に関する考え方を根本的に転換し、新しい方向に向けることを強調している点にあります。企業課税に関するこれまでの支配的な考え方は、「企業に対する課税の強化は投資を抑制し経済成長を妨げる」というものです。
 新税制プランは、トランプ政権による2017年の企業減税が経済成長をもたらさなかったことなどを例に挙げ、減税が成長を呼ぶという考えを真っ向から否定しています。それどころか、減税で過剰となった現金はさらに低税率のタックスヘイプンに移転され、国内の投資を呼ぴ起こさなかったというのです。
 数十年にわたる企業減税の結果、米国の法人税収は税収総額の10%以下に下落しています。一方、労働に対する課税は増え続け、その税収は総税収の80%を超えています。
◆課税逃れにメス
 新税制プランは、長期にわたって続いた企業減税は、税負担を企業や資本から労働に移し、富裕者をより豊かにさせる一方、労働者に過大な負担を負わせ、不平等をいっそう拡大する原因となったとみています。法人税の増税は税収を確保するだけでなく、不平等を減じるためにも必要であり、資本にではなく、労働に報いる税制を構築する必要があると指摘しています。米国を拠点とする多国籍企業が利益を海外のタックスヘイブンに移転して巨額の税を逃れている実態にメスを入れる必要性を強調しています。
 トランプ税制改革までは、多国籍企業が海外であげた利益は、米国内に還流したときに初めて通常の法人税率で課税されることになっていました。そのことが、米国での課税を逃れるために利益を海外でため込む誘因どなっていました。
 17年のトランプ税制によって、海外にため込まれた利益にも課税できるよう、海外であげた利益に対し、一定の控除を認めたうえで、法定税率の半分の税率(10・5%)を課す「ギルティ」という制度が設けられました。しかし、この制度によっても、多国籍企業の利益移転の誘因は減ることはなく、タックスヘイプンへの利益移転は止まることはありませんでした。
 トランプ改革後、多国籍企業が利益をあげた場所のトップ10のうち、7カ所はタックスヘイプンでした。バミューダ、ケイマン、アイルランド、ルクセンプルク、オランダ、シンガポール、スイスです。これらのタックスヘイブンに海外利益の約61%が移転されていたのです。
 新税制プランの特徴は、新型コロナウイルス危機後必要となる巨額の財政需要を、法人税を中心とした増税によって賄うことです。法人税率引き上げなどによって国内企業へめ課税を強めるとともに、利益を海外に移して米国の税を逃れる多国籍企業に対し、利益移転の誘因を封じようとするものです。(つづく)(3 回連載です)

【赤旗】4月28日税制新時代 (中)
 米財務省のイエレン長官は4月はじめ、シカゴ国際問題評議会で行われた就任後初めての演説で、世界的な法人税の引き下げ競争をやめ、法人税の最低税率を設定する国際協調が必要だと述べました。
 基本的な公共財に投資して危機に備えるために、十分な財源を確保する安定的な税のシステムをつくらなければならず、国際的な合意は可能だというのです。
◆税率下げ競争で
 これまで数十年にわたって、各国は自国に投資を呼び込むために、税率の引き下げを競ってきました。20O0年に経済協力開発機構(OECD)諸国平均で32・2%だった法人税率は、その後も下がり続け、20年には23・3%になっています。税の競争はとどまることを知らず、破局的な「底辺への競争」を招いています。
 米国はこれまで国際的な税率引き下げ競争の先頭グループを走っていました。しかし新税制プランは方針を百八十度転換し、世界共通の最低税率を定める国際的取り組みに復帰することを宣言したのです。
 いま20ヵ国・地域(G20) とOECD が主導し、約140ヵ国が参加する「包摂的枠組み」の下で、国際的課税ルールを刷新する取り組みが進行しています。昨年10月にまとめられた「プループリント」(青写真)は二つの柱からなります。
 第1の柱は、多国籍企業の低税率国への利益移転を抑えるために、現行のルールを刷新することです。現行ルールは①工場など固定的施設がなければ外国企業に課税しない「恒久的施設(PE)原則」②企業グループ内取引で任意の価格設定による利益移転を認めた「アームズレングス原則」を「売上高」にもとづいて各国に配分る新課税権を創出するというものです。
 第2の柱は、税率引き下げ競争に歯止めをかけるために、国際的最低税率を設定するというものです。
 この取り組みは、当初、昨年末までに国際的合意を得るスケジュールで進んでいましたが、米国が交渉から離脱し、決着は今年中ころに延期されていました。米国の復帰は歓迎されます。
 ニつの柱のうち、第1の柱は1世絶前から続く現行国際ルールの原則を変えるものなので、国際合意が困難です。しかし第2の柱は関係国の合意さえあれば実現できるので、(PE )原則」②布業のグループ内取引で任意の価格設定による利益移転を認める「アームズレングス原則」ーにもとづいています。これを改め、多国籍企業グル現できるもので、租税条約を改定する必要もありません。最低税率の合意が実現すれば、多国籍企業から利益移転の誘因を取り除くことができます。
 もともと米国には「ギルティ」という第2の柱に相当する独自の制度があり、これを強化すれば国際的に合意できる最低税率の国際的システムがつくれるはずです。
◆ニつの方法示す
 しかしここにも乗り越えなければならない課題があります。
 OECD「包摂的枠組み」の下で昨年秋に合意されたプループリントは、第2の柱に関して二つの課税方法を示しています。
 一つは「所得合算ルール」です。これは多国籍企業が利益を低税率国に移した場合、その利益を親企業の所得に合算して最低税率までの税を支払わせるというもので、企業の母国が課税することになります。
 もっーつは「軽課税支払いルール」で、グループ内企業への金利などの支払いに対する課税が最低税率に満たなければ、控除を否定したり、源泉課税するというもので、利益が生まれた国が課税します。
 プループリントでは第1のルールを優先し、第2のルールは補完的なものと位置付けています。しかしそれでは企業の母国が有利となり、経済活動が行われた場所で課税するという目的に合致しません。GAFA (グーグル、アップル、フェイスプック、アマゾン)などの巨大企業の多くは米国を母国としていることから、米国が増収分を先取りしでしまうことになります。(つづく)

【赤旗】4月29日 課税新時代 (下)
 これまで法人税の引き下げ競争を先導してきたのは米国、英国など主要国でした。このまま続けば破滅的な「底辺への競争」を招き、各国の法人税収はなくなってしまう恐れがあります。
 この流れを変えるためには、世界共通の最低税率を設定する国際的な合意が不可欠です。タックス・ジャースティス・ネットワーク-(TJN )、国際企業課税の改革を求める独立委員会(ICRICT)など、国際的市民運動や専門家は早くからそのために取り組んできました。
 これまで国際的な最低税率を設定する交渉が進まなかった原因のーつに、税率の設定は各国の主権に属するものだという考え方がありました。しかし、税率引き下げ競争は自国だけでなく、他国の税収を奪う競争です。互いに他国の税収を奪い合うことが国の主権の名のもとに行われていいはずはありません。特にコロナ禍の下で命を守り、経済を回復するために各国が巨額の財源を必要としている今、国家間の税の競争はすべての国の主権を失わせるものといわなければなりません。
◆実現のチャンス
 20ヵ国・地域(G20)と経済協力開発機構(OECD)が主導し、約140カ国が参加する「包摂的枠組み」が国際的最低税率の具体案を示し、米国が意欲的な姿勢に転じた今、それを実現する最大のチャンスが訪れています。
 国際的最低税率制度の設計にあたっては、①最低税率の水準は十分な税収増が期待できる高さであること②税率引き上げによる増収分は多国籍企業の母国だけでなく経済活動に応じて各国が受け取ること③簡素な仕組みで実行が容易なこと―どに配慮する必要があります。
 この4月英国ランカスター大学のソル・ピチオットら国際的に著名な税制専門家グループは、法人税の国際的最低実効税率(METR)を設定する新しい提案を示しています。
 新提案はoEcD 「包摂的枠組み」の下で行われてきた交渉の行き詰まりを打開し、これまでの合意を踏まえつつ、実現可能な提案としてまとめられています。新提案はグローバルな最低税率の設定によって多国籍企業が利益を低税率国に移転する誘因をなくし、投資の呼び込みを目的とした各国の優遇措置を抑制する効果を期待しています。
 新提案は国際的な最低税率の水準として、世界の法人説率の加重平均である25%を提案しています。OECD「包括的枠組み」のブループリントは10・5%、米国の税制改革プランは21%なので、とりあえず妥当な提案といえます。
◆日本税収増3位
 新提案は多国籍企業が低課税によって得られた利益の総額を一定のルールにもとづいて各国に配分する、いわゆる「定式配分法」を提案しています。
 配分の基準は各国の有形資産、雇用者薮、売上高にもとづくものとし、配分された利益に対して、各国は自国の税率を適用して課税するというものです。
 新提案によって期待される税収増は、設定される税率の水準によづて異なります。新提案の25%を前提にすると、世界全体で7840億㌦(約86兆円)、米国案の21%でも5400 億㌦の税収増が期待できます。
 地域別に見ると、これまで巨大企業による利益移転の損害をもっとも多く受けてきた途上国、貧困国ほど、大きい税収増が期待されます。
 国別ランキングでは、最大の税収増を得るのは米国で、1814 億㌦(法人税収に占める割合は45%)となっています。次いで中国で1235億㌦(同24%)、3位に日本がランクされており、966億㌦(10兆円超、同50%)と、かなり大きい税収増が見込まれています。
 ともあれ、決着のタイムリミットである今年半ばまでに、すべての国にとって好ましい国際的合意に達することは可能であるし、そうしなければなりません。(おわり)