姜尚中に聞く「大義なき総選挙」で激変する政局に惑わされないために【週プレNEWS】

2017年10月16日
【週プレNEWS】10月16日 姜尚中に聞く「大義なき総選挙」で激変する政局に惑わされないために必要な視占(抜粋)
 (略)めまぐるしく変化する政局に惑わされないために、有権者に必要な視点とは何か?『アジア辺境論これが日本の生きる道』(内田樹氏との共著・集英社新書)など多くの著書を持つ政治学者、姜尚中(カン・サンジュン)氏に聞いた。
◆政局が日々、急激に変化したため、ほとんどの人が忘れかけていますが、そもそも当初は今回の解散に「大義がない」ということが問題になっていたはずでした。
〈姜〉そうですね。衆議院の解散は「首相の専権事項」であるとう考えか方は、戦後長続いた自民党による事実上の単独政権の歴史の中で培われてきたわけですが、それでも、これまでは一定の歯止めとして、目に見えない「不文律」のようなものが存在していたと思います。しかし、今回の阿部首相の解散はそうした「不文律」を平気で踏みにじる、これまでにないほど強引なものでした。
◆「一定の歯止めとしての不文律」とは?
〈姜〉日本のような議員内閣制の国では、議会の首班指名を通じて首相を選び、その首相が内閣を組織して行政を預かるので、一般的には大統領制と比較して独裁が起きにくい仕組みだと考えられています。しかし、考えてみるとアメリカの大統領ですら「議会の解散権」は与えられていない。だから今、トランプ大統領はオパマケアに変わる健康保険制度の改革案が議会の強い抵抗にあって苦しんでいるわけです。
 だからこそ、それだけの「強い権力」を行使するには「大義」というか、少なくとも「合理的な理由が必要だ」というのが「不文律」として存在していた。それを今回のように無視してしまえば、議院内閣制で選ばれた首相に、ある意味大統領以上の権力を与えてしまうということが図らずも明らかになった。(略)
 日本には英国のような歯止めがないので、安倍首相は今回の解散総選挙を国会どころか自民党内での議論すら経ることなく決めてしまいました。小選挙区制の導入以来、党内の権限が幹事長に集中し、首相と幹事長が結びつけは「自民党内での首相独裁」も可能な仕組みになっているからです。私は安倍首相の頭のどこかに、トルコのエルドアン大統領のような「強大な権限を独占するリーダ」を志向する意識があるように感じます。
◆ただ「不文律」というのは、文字通り実際に制度化されていない「目に見えない暗黙のルール」ですから、それを守る、守らないという議論自体が難しいのでは?
〈姜〉そこに私は、日本の政治の著しい「劣化」を感じずにはいられません。例えば忖度(そんという言葉―最近、加計や森友の問題で悪いイメージが定着してしまいましたが、本来「忖度」とは「行間を読む」という意味であって、決してネガティブな意味ではありません。
(略)
◆この数週間で日本の政局は激しく揺れ動いています。あまりに急激な変化に、有権者の中には「何をどう考えて」この選挙に臨むぺきなのか、迷っている人も多いと思います。
〈姜〉すでにお話したように、今回の選挙には公費を費やしてやるほどの理由が見当たらないのですが、選挙が避けられない以上、有権者はどうしたらいいのか思案せざるをえません。そうした中、小池百合子東京都知事を代表とする希望の党が結成され、そこに民進党が合流し、そこから排除された議員たちを中心に立憲民主党が生まれました。
 有権者からすれは、選択肢が増えることは意味のあることかもしれませんが、政権選択の選挙と言い難いのは、最大野党の希望の党の代表である小池氏が出馬を断念していますし、代わって誰を首班指名するのか、明らかになっていないからです。このことは、政局がらみで深読みすれぱ、選挙の結果、与党自民党が現有議席をかなりの数減らすことになり、結果として安倍おろしが党内で沸き起こった場合、その流れを利用した希望の党が自民党との大連立も選択肢に置いていることを意味しています。
 それは、結果として「安倍政権の終わり」に繋がるかもしれませんが、同時に希望の党と安部総裁なき自民党が限りなく同じような理念と政策を掲げる政党であることを意味する。安保と憲法改正といった、国の形の在り方を大きく左右する政策で、保守二大政党が収斂(しゅうれん)する可能性すらあり得るわけです。有権者の中には安倍首相はイヤだけど、自民党がしっかりしてほしいので、そうした保守の大連立を好ましく思う人もいるかもしれません。
 それに対して、世界の流れが核廃絶や恒久平和の確立に動いているのだから、北朝鮮危機は確かに由々しいけれど、やはりもっと穏健で民主的、かつリベラルな選択肢を選びたいという有権者には、旧保守の与党や新保守の希望の党と一線を画す立憲民主党がオルタナティヴに浮上してくるでしょう。
 いずれにしても有権者は猫の目のように変わる政界地図に惑わされず、何が最も大切な価値なのか、そこのところをしっかりと弁(わきま)えて一票を投じてほしいと思います。