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防衛費、過去最大の5.1兆円へ 安倍政権で5年連続増額―共同通信
2016年12月3日

【しんぶん赤旗】11月30日 「年金カット法案」への堀内議員の反対討論―衆院本会議 
日本共産党の堀内照文議員が29日の衆院本会議で行った「年金カット法案」への反対討論(要旨)は次の通り。
 本法案は、年金生活者の暮らしを揺るがす重大法案で、質疑を通じて問題が噴出しました。厚生労働委員会では、与党・委員長の強引な運営が行われました。年金制度の原則を根底から変える法案であり、19時間の審議では議論が尽くされたとは到底言えません。委員会に差し戻すべきだったと強く指摘します。
 反対の最大の理由は、際限ない「年金カット」のための新たなルールを持ち込むことです。賃金の下げ幅に合わせて年金額も削減する今回の改定は、購買力維持のため物価に合わせて年金も改定するとの従来の説明を投げ捨てる国民への背信行為です。政府は「万一」の措置だといいますが、労働者の実質賃金は低迷を続けており、詭弁(きべん)です。将来にわたり、現役世代の賃金が下がれば年金も下げる最悪の悪循環を生みだすものです。
 年金を抑制する「マクロ経済スライド」の未実施分を繰り越すキャリーオーバー制度の導入も問題です。繰り越しに制限はなく、実質的な年金削減が繰り返されます。年金の最低保障機能をますます弱め、生存権を脅かします。「マクロ経済スライド」の調整は、基礎年金に長くかかる仕組みであり、今でさえ生活に困窮する方々に、より過酷なものです。
 親戚・近所づきあいや食費、医療費や介護費を削る年金生活者の、「これ以上どこを切り詰めろというのか」という悲痛な叫びが聞こえないのですか。政府は、低所得者には「社会保障全体で総合的に講ずる」としますが、介護も医療も負担増・給付減の連続です。
 年金削減により高齢者が苦境に立てば、介護や医療の負担が子や孫にのしかかり、現役世代の暮らしをも直撃しかねません。世代間の対立をあおり、年金削減を強行することは許されません。
 短時間労働者への被用者保険の適用拡大は喫緊の課題ですが、今回の措置で加入できるのは、対象者の5%程度になりかねません。中小企業への保険料負担軽減等の支援強化と合わせて適用拡大を進め、短時間労働者の年金加入権を守ることが必要です。最低賃金引き上げ、正規雇用拡大や均等待遇確立など、人間らしい雇用と賃金を実現して年金財政の支え手を増やし、安定した年金制度を確立すべきです。
 安倍政権は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の株式運用比率を倍増させ、年金積立金の運用を株価つり上げの道具にしました。損失が出れば、ツケは国民に押し付けられます。変動の激しい株式市場に大量の年金資金を投入することは許しがたいことです。危うい「投機的運用」から手を引くべきです。
 「底なしの低水準」の構造が年金制度の最大の問題です。公的年金制度こそ、憲法25条を体現し、生存権を支える制度であるべきです。最低保障もなく、際限なく減らされる年金制度を将来世代に残すわけにはいきません。本法案は廃案にすべきです。

【ダイヤモンド・オンライン】所得1億円超だと税負担率はこんなに低い、金持ち優遇の実態
政府税制調査会の議論が、大詰めを迎えている。報道では配偶者控除の引き上げやビール税の一本化などが注目されているが、実は隠れた重要なテーマがある。それは日本の所得税が金持ち優遇になり過ぎているのではないかという点だ。
 日本の所得税は二つの大きな課題を抱えている。一つは、共働きやパートタイムなど働き方が多様化している今、働き方に影響を与えない税制にいかにリフォームしていくか。もう一つは、格差拡大を是正するために、いかに所得の再配分機能を回復していくか、である。金持ち優遇は後者に関連する。
<所得金額約1億円超から税負担が軽くなる>
 日本の所得税率は現在、5%~45%まで7段階の累進税となっている。最高税率は45%で、4000万円以上の課税所得に適用される。よく誤解されがちだが、例えば、課税所得が5000万円の場合、丸々5000万円に45%が適用されるのではなく、4000万円を超える1000万円に対して45%の税率が適用される。いわゆる超過累進税率方式を採用している。
 グラフにするとひと目で分かるように2013年、2014年とも所得税負担率は1億円近辺をピークに、それ以上稼ぐと徐々に低下していき、100億円以上では13年で11.1%、14年で17%しか負担していない。それはなぜか。
 理由は簡単だ。給与所得や事業所得に対しては、最高税率45%の累進税が適用されるのに対して、株式等譲渡所得(いわゆるキャピタルゲイン)や配当、債券・預金の利子などの金融所得に対しては、20%の軽減税率が適用される「分離課税」となっているためだ。
 このため所得に占めるキャピタルゲインの比率が高くなるほど、全体を平均すると負担率が低くなる。超高額所得者ほどキャピタルゲインの占める比率が高く、その結果、負担率が低くなっている。
 負担率が20%を下回る所得層がいるのは、金融所得に対する税率20%の内訳が、所得税15%+住民税5%となっており、国税庁の元データが所得税の15%のみを集計しているため。2013年分では、その15%をも下回る層が存在するのは、2013年末まで10%(所得税7%+住民税3%)と、軽減税率をさらに軽減した税率が適用されていたからだ。
(中略)
 税の形は、どのような国の形を目指すのかということの具体的な表現であり、民主主義の基本中の基本のテーマである。確かに、金融所得一つをとっても、分離課税がよいのか、どの税率が公平なのかをピンポイントで判断するのは難しい。だが少なくとも専門家任せでなく、納税者である国民が、いまの所得税が金持ち優遇になっているという現状を知る、このことが議論のスタートになる。
(「週刊ダイヤモンド」編集委員 原 英次郎)

【共同通信】12月1日 防衛費、過去最大の5.1兆円へ 安倍政権で5年連続増額
政府が2017年度予算案の防衛費(米軍再編関連経費を含む)を過去最大の5兆1千億円程度に増やす方向で調整していることが1日、分かった。北朝鮮や中国など不安定な国際情勢への対応を強化するためで、当初予算での増額は安倍政権になって編成した13年度以降5年連続となる。
 月内に編成する16年度第3次補正予算案でも防衛費を積み増す方針。社会保障や教育費をはじめ他の予算を切り詰める中で異例の優遇ぶりが改めて浮かび上がった。
 17年度予算案の閣議決定は、例年の12月24日が土曜日であることなどから22日に前倒しする案を軸に調整に入った。

【AUUonline】12月2日 国の借金1062兆円 「国民1人当たり837万円」の誤解
「国の借金は1人当たり○○万円!」という報道をよく目にする人は多いだろう。それにあわせて、日本経済はいよいよ破たんする、ギリシャのように債務不履行に陥るなどといった謳い文句も毎回のように見られる。果たしてそれは本当なのだろうか。
国の借金とは、誰が誰から借りているお金なのか、そもそも国民に返済の義務があるような書き方は正しいのだろうか。国の借金にまつわる表現が誤解を招く理由について、まとめて解説していこう。
<「国の借金」とは何か?>
11月10日に財務省から発表された「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」、いわゆる「国の借金」は、9月末時点で1062兆5745億円となったそうだ。これは過去最高を更新し、10月1日時点の日本の人口推計(概算値1億2693万人)を元にして単純計算した場合、国民一人当たりの借金は「約837万円」になるという。
この借金は、16年度末には1119兆3000億円にまで膨らむ見通しだ。猛スピードで増え続ける国の借金だが、「国民一人あたり~」という表現に疑問を感じたことのある人も多いのではないだろうか。というのも、まるで、国民が借金をし、返済の義務を負っているかのような書き方だからである。冗談じゃないと思う人がいる一方で、いざとなれば、自分たちが返さなければいけないのではと不安をかき立てられる人もいるかもしれない。
実際のところ、国の借金とは誰が誰に借り入れているお金なのだろうか。国の借金とは、国民が借りているお金ではなく、日本政府が借りているものだ。それでは、誰に借りているかと言えば、その多くは日本国民からになる。日本銀行の「資金循環データ」(2016年)によると、国が発行する債券、国債の94.5%は国内で購入されているのだ。国内というのは、その多くが金融機関ということになるが、金融機関が自分たちで国債を買っているわけではない。私たち国民や企業が預貯金に預けているお金の運用先として、国債が購入されているのだ。つまり、国の借金のほとんどは、日本国民から「借りている」と言うことができるわけだ。
ちなみに、「国の借金」という表現も、正確には誤りだ。国の借金とは本来、政府の借金以外にも、金融機関や非金融法人企業、民間の家計なども含めた日本国全体の借金ということになる。しかし、よく言われる国の借金とは、正しくは「政府の借金」のことだ。国の借金と政府の借金があたかも同じであるかのように使われていることも、債権者と債務者を曖昧にする要因の一つかもしれない。
まとめると、国の借金とは、政府が日本国民から国債の発行という形で借りているお金であり、国民に返済の義務はないということだ。つまり、「国の借金は国民一人当たり○○万円!」は、借り手と貸し手を一緒くたにした表現と言うことができる。
<日本がギリシャのようにはならない理由>
ただ、国の借金が膨大な金額であることに変わりはない。「そのうち日本もギリシャのような債務国になってしまう」といったことを言われるようになって久しくなった。しかし、日本の実情はギリシャとは全く違う。
日本の国の借金は、債権者の多く(国民)と債務者(政府)が同じ国内にいる。たとえて言うなら、家計を共にする者同士のお金の貸し借りのようなものだ。となると、むやみに金利を高く付けて取り立てるようなことはできない。実際、政府の借金が増えてもなお、日本国債の金利は低いまま推移している。
一方で、ギリシャの国債はどうだろうか。ギリシャ国債の多くは、国内では購入されていない。そこで、金利を高くして海外で売るしかないのだ。いざ国債の満期になった時どうやって返済するかと言えば、日本国債は円建てで買われているため、紙幣を増刷するなどして返す見込みはできる。しかし、国債の多くを海外で売るギリシャは、ドルなりユーロなりに替えて返済しなければいけない。そこが大きな違いだ。
さらに、日本の政府は、金融資産のほか、政府保有の土地や建物といった実質資産など、相当な資産を保有している。債務返済のために、現金化できる資産を売却済みのギリシャとは、そもそも単純に比較することはできない。
「国の借金は1062兆円、国民一人当たり837万円」とだけ聞けば、ここまで大きく膨らんだ借金をどうやって返せばいいのかといった気持ちになってしまう。ただ、誰から借りているかと思い出せば、それは単なる借金ではなく、国民の資産でもあるということがわかる。国の借金は同時に、国民や企業が金融機関の預金を通じて購入した、日本国債でもあるからだ。このように国の借金については、補足や前提の記述が不十分なゆえに、誤った情報として受け取れがちである。
とはいえ、それでも政府の負債が増大し、財政を圧迫している状況に変わりはない。むやみに危機感をあおられる必要はないが、それでも、増え続ける政府の借金をどうするべきなのかは、私たちが無関心でいられる問題ではないはずだ。国民は借金の債務者ではないにせよ、今後も「国の借金」には注視していきたい。
(武藤 貴子 ファイナンシャル・プランナー(AFP)、ネット起業コンサルタント)

【現代ビジネス】12月1日 この国は老人を捨てるつもりか? 疲弊した介護現場に落とされる爆弾 私たちは大きな代償を払うことになる
とっくに限界は超えている
2025年には、日本国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上となる、超・超高齢化社会――。世界でも類を見ない未来が待ち受けるいま、介護政策についての是非が問われている。
以前のルポでお伝えした通り(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/47873)、介護を取り巻く現状は、「職員の質の低下」に加え、職場のブラック化やモンスター親子の出現、介護報酬が減額されるなどの問題が山積し、崩壊寸前のところを何とか持ちこたえている状況だ。
もはや「幸せ」や「豊かさ」といった福祉の理念は影もなく、なかには生き地獄のような現実を暮らしている者もいる。
そんな限界寸前の状況にある介護業界にさらなる追い打ちがかかる。厚生労働省が現役世代並みの所得がある高齢者を対象に、2018年8月から介護保険の自己負担費用を現在の2割から3割に引き上げる方針を固めたのだ。
現在の介護保険料の総額は、10年間で2.5倍以上に膨れ上がり、おおよそ年間10兆円。2015年4月に介護報酬を2.27%に減額した上でのさらなる改正だ。
(略)
残酷な牙は、介護サービスを受ける高齢者にも向けられている。介護保険による介護サービス利用料が従来の1割負担から、2015年8月に年収280万円以上は2割負担にアップ、さらに次期改正では年収383万円以上は3割負担となる。
これまでわずかな費用で受けられたサービスの急な値上がりによって、介護施設の利用をやめてしまう高齢者も出てくるだろう。しかも、この改正は単なる通過点であって、年収制限はいずれ撤廃され、最終的に介護保険は一律3割の自己負担、もしくはそれ以上となる可能性が高い。
(略)
簡単にいえば、地域包括ケアや総合事業を謳って、介護が必要な軽度高齢者を介護保険から切り離し、市区町村に面倒を看させるという事業なのだ。地域包括ケアは、財政を圧迫する介護政策を国が市区町村に押し付けたという敗戦処理の色が濃い。
<あおりをくらう軽度要介護者>
当然だがまずは事業者が潰れる。
2016年1月~9月までの老人福祉・介護事業の倒産は77件(東商リサーチ)に達し、過去最悪のペースで推移している。2015年4月の介護報酬の引き下げによってデイサービスや訪問介護を提供する介護事業者の経営が厳しくなり、体力のない中小零細事業所が続々と閉鎖に追い込まれている。
厚生労働省は2025年に介護職員は38万人不足すると発表、しかし、これは各都道府県の介護人材獲得の施策の成果が100%織り込み済の数字であり、実際は100万人が不足する事態となっている。
2015年、安倍政権は「一億総活躍社会」の緊急対策として、2020年までに「介護の受け皿50万人の創出」を掲げたが、実際にやっていることは、介護保険の自己負担費用を上げて利用する高齢者を減らし、さらに介護事業所を続々と潰して支出を減らそうという方針だ。
国は高齢者が支払う介護保険自己負担を簡単に2割負担、3割負担と言うが、その額は2倍、3倍と跳ね上がることになる。
介護保険には、サービスを利用した際の自己負担の上限を定める「高額サービス費支給制度」があり、現役世代並みの所得者に相当する世帯は、月額4万4400円が上限だ。もっとも重い介護度5の利用限度額は36万円。3割負担では12万円だが、高額サービス費支給制度で実質の支払いは4万4400円となる。
(略)
これまでの1割負担の時代は、高齢者は自宅のほかに小規模デイサービス、ショートステイなどを併用して、誰かの目が届く環境で過ごしてきた。しかし次期改正以降は、支払能力のない利用者たちはこれらのサービスを使えなくなる。多くの軽度認知症高齢者が自宅で過ごすことになれば、徘徊による高齢者の迷子が日常茶飯事となる。
(略)
<しわ寄せの矛先はどこへ?>
高齢者による交通事故も近年多発しているが、そのなかでも特に、認知症の高齢ドライバーが事故を起こしているケースが大きな問題になっている。
歩行ができる要支援・軽度要介護高齢者は、交通法規は忘れていても車の運転はできる。認知症高齢者が自宅で過ごすようになれば、交通事故も間違いなく増える。
「車で徘徊」「高速道路の逆走」「アクセルとブレーキ」を踏み間違えるおそろしいミスを犯す認知症高齢者たち。現在、すでに交通事故全体の28%が65歳以上の高齢者によるものだ。
重大事故が起これば家族に高額の賠償金が請求される。交通事故は事故被害者だけでなく、家族をも破綻させかねないのだ。介護保険から切り離すことによってそれに拍車がかかる。
不幸なことに事故を起こしてしまっても、短期記憶が失われている認知症高齢者は事故を起こしたことすら忘れてしまうので、もはや話にならない。
実際に2016年10月28日、横浜市で起きた小学生の集団登校に軽トラックが突っ込む事故で逮捕された87歳の男性は「どうやってあそこに行ったのか覚えていない」と供述している。責任どころか、反省すらしようがない。
免許証を返納したとしても、認知症高齢者には免許がないことは抑止力にならない。免許返納の自覚はなく、無免運転は犯罪ということもわからなければ、普通に車に乗る。そして信号無視、運転ミスをして取り返しのつかない事故となる。
<ではどうすればいいのか。>
家族や介護事業所が縛りつける、鍵をかけて閉じ込めるという虐待は違法だ。やはり認知症高齢者には、介護保険を利用して介護職による見守りが必須なのだ。
現代はGPSが発達し、徘徊による迷子は工夫によって避けることができるかもしれない。地域包括ケアが順調に進行して、地区によっては認知症高齢者の見守りができるかもしれない。しかしバラつきがでるのは当然で、まったく機能しない市区町村も膨大に現れるはずだ。
介護にもっとも手のかかる要介護度の低い認知症高齢者に対する、介護保険負担増という抑止力は、すぐに大きな打撃として社会にはね返ってくる。取り返しのつかない荒れた社会になる前に、軽度要介護高齢者の介護保険切り捨ては見直してほしいと切に願う。(中村淳彦)

【東京新聞】12月1日 【社説】年金抑制法案 「百年安心」へ残る課題
最低限の生活を保障する水準といえるのか。公的年金の支給額を引き下げる新ルールを盛り込んだ年金制度改革法案が衆院を通過した。自民、公明両党がかつてうたった「百年安心」に不信が募る。
 「将来の年金はきちんと確保されるのか」という肝心な議論は与野党でかみ合わないままだった。
 公的年金は二〇〇四年の見直しで、保険料水準をこれから将来にわたって固定し、その範囲内で給付を賄う仕組みに変わった。そのために年金の給付水準を少しずつ引き下げる「マクロ経済スライド」という制度を導入した。
 今回の法案はその仕組みを修正するものだ。見直しの一つはマクロ経済スライドをデフレ下でも適用する。もう一つは、賃金の下げ幅が物価の下落よりも大きいときは、それを給付額に反映する。
 政府は、各世代の年金額に新ルールはどう影響するかという明確な試算は示さなかった。これでは理解は得られない。また、新ルールで年金が削減された場合でも老後の生活は「おおむね賄える」と言うが、本当だろうか。
 一四年の年金財政長期見通しによると、厚生年金の給付水準は三十年後、二割下がる。さらに厳しいのは国民年金で三割下がる。年金を受給している高齢者も、これから年金を受け取る将来世代もともにだ。国民年金は現在、満額でも一人月六万五千円。この水準が三割も下がっては、老後の所得保障の柱とは言えないだろう。
 六割近くの高齢者世帯が年金収入のみで生活している。医療・介護の保険料増や自己負担引き上げも押し寄せる。生活保護受給全世帯のうち高齢者世帯の割合は増え続け、五割を超えた。このまま社会保障の一律カットが進めば、高齢者の貧困はより拡大する。
 世代間の不公平がよく指摘される。厚生労働省の試算によると、現在七十歳の人は納めた保険料の約五倍の年金が受け取れるのに対し、二十歳は約二倍にとどまる。「世代間の公平性を確保する」という政府側の主張も一定程度は理解できるが、その前にやるべきことがあるのではないか。
 高所得者の年金減額や年金課税の強化などで財源を捻出し、低年金者への給付にまわす。税で賄う「最低保障年金」のような制度創設も検討するべきだろう。
 年金の長期的な財政は、経済状況や出生率に大きく影響される。デフレを克服する経済政策や、子どもを産み育てやすい環境の整備も、もちろん求められる。

【dot.ニュース】12月1日 これまでかかった費用は1兆円超え…「もんじゅ」はなぜもっと早く撤退できなかったのか?
政府は9月、高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県)を廃炉にする方向で見直すと発表した。日本の原子力政策が大きく変わることになる。毎月話題になったニュースを子ども向けにやさしく解説してくれている、小中学生向けの月刊ニュースマガジン『ジュニアエラ』に掲載された、朝日新聞編集委員・竹内敬二さんの解説を紹介しよう。
 もんじゅは高速増殖炉という種類の原子力発電所(原発)だ。一般の原発の燃料はウランだが、高速増殖炉の燃料は主にプルトニウム。「高速」は炉の中で飛び回る中性子の速度が速いことを意味し(一般の原発の中性子は低速)、「増殖」はプルトニウムが増えることをいう。
 高速増殖炉は、燃料のプルトニウムが運転中に増えることから「夢の原子炉」と呼ばれてきた。
 原発後進国だった日本は、戦後、アメリカやイギリスから原発の技術を導入する一方、「高速増殖炉は国産技術でつくろう」という目標を掲げた。新型炉なので(1)実験炉(常陽)、(2)原型炉(もんじゅ)、(3)実証炉、(4)実用炉の4段階を踏んで、着実に開発することにした。
 もんじゅは2段階目の原型炉で、1994年に運転を開始したが、トラブルなどが相次ぎ、20年以上ほとんど動かすことができなかった。そのもんじゅを、9月、政府は「廃炉を含め抜本的な見直しをする」と発表した。今後二度と動かず、廃炉になる可能性が高い。高速増殖炉で21世紀のエネルギー問題を解決するという日本の夢が崩れた。
 しかし、世界的に見れば、多くの国がもっと早く高速増殖炉の開発をやめている。アメリカ、ドイツ、イギリスは90年代前半にやめた。プルトニウムを燃やす高速増殖炉は、ウランを燃やす一般の原発より発電コストが高いこと、核兵器の材料にもなるプルトニウムの扱いに多くの問題が発生することが常識になったからだ。今のところ、実用化に成功した高速増殖炉は世界のどこにもない。
もんじゅも、他国に増して金食い虫になった。当初の建設費は4千億円といわれたが、約6千億円に。運転停止中も年間200億円、一日5千万円の維持費がかかっている。これまでの費用の合計は1兆円を超え、再開にはさらに5千数百億円が必要になる。国民の理解を超える額だ。
 それにしても、なぜもっと早く撤退できなかったのか? 経済性がないのは外国も日本も同じだが、日本の原子力政策は、「無理な部分があっても修正できない」という悪い特徴があるからだ。税金を使う公共事業ではよくみられることだが、原子力政策では、とくにそうした傾向が強い。政策判断を間違った責任も、誰もとらない。
 いずれにしても日本はこの20年で膨大な時間とお金を浪費した。
 政府は高速炉の開発と、核燃料サイクルの推進を続けるとしているが、それは「カラ元気」だろう。もんじゅが廃炉に向かえば無理だ。
 高速増殖実験炉(常陽)の設計を始めたのが1960年。50年以上の歳月と1兆円を大きく超える費用をかけた開発の代わりになるものを、そう簡単につくることはできないからだ。
 また、日本がめざしてきた「高速増殖炉のサイクル」は、高速増殖炉、再処理工場、MOX燃料(プルトニウムとウランを混合した燃料)工場の主要3施設が同時に存在しないと成り立たない。日本では、再処理工場はほぼ完成済み。MOX燃料工場は建設中。しかし、高速増殖炉は、当面、存在しない。核燃料サイクルの「環」が切れてしまう。
 実は、もう一つの核燃料サイクルがある。再処理工場で出るプルトニウムを燃料にして、一般の原発で利用する「プルサーマルのサイクル」だ。このサイクルは高速増殖炉なしで回る。しかし、これも一般の原発より発電コストが高いので「やる必要があるのか」という疑問が出るだろう。
 結局どうなるか? もんじゅが廃炉に向かえば、日本の原子力政策には、戦後最大の変化が起きる。高速増殖炉の開発は事実上止まり、日本の目標だった核燃料サイクルの見通しも立たなくなるだろう。それは逆に、合理的なエネルギー政策をつくるチャンスでもあるのだ。(解説/朝日新聞編集委員・竹内敬二)
■二つの核燃料サイクル
<プルサーマルのサイクル>
一般の原発から出た使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し、MOX燃料の一部に再利用するしくみ(プルサーマル発電)。サイクルは1回だけ。日本でも小規模で実施中。国内の再処理工場とMOX燃料工場は未完成のため、日本はイギリスとフランスに使用済み核燃料を運び、再処理とMOX燃料の製造を委託してきた(※)。
※日本が海外に委託した再処理などによって出たプルトニウムの量は、国内外に約48トン(原爆6千発分)もある。
<高速増殖炉のサイクル>
一般の原発から出た使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し、プルトニウム含有量の高いMOX燃料をつくって、高速増殖炉の燃料にするしくみ。高速増殖炉で燃やすとプルトニウムは増えるため、「夢の原子炉」と呼ばれた。サイクルは理論的には数十回可能だが、複雑でコストがかかることがわかり、実用化されていない。
■どうすればいい? 竹内さんの解決シナリオ
 日本にはつくってしまったプルトニウムを処理する道義的な責任がある。「期間限定でプルサーマル発電をする」「捨てる研究をする」必要があるだろう。今後プルトニウムを増やすのはよくない。使用済み核燃料は再処理せず、しばらく保管して、「そのまま捨てる」方向へ政策を変えるべきだ。
※月刊ジュニアエラ 2016年12月号より