武器輸出全面解禁―「平和の歩み」放棄の大暴挙だ(「赤旗」)、日銀新委員にリフレ派―問われる政府からの独立性(「赤旗」)
2026年4月27日
【しんぶん赤旗】4月22日<主張>武器輸出全面解禁―「平和の歩み」放棄の大暴挙だ
戦闘機や戦車など殺傷武器の輸出まで解禁し、輸出先には紛争当事国も含み得る―。安全保障政策の大転換を、高市早苗政権が国民多数の反対世論を無視し、国会にも諮らず強行しました。武器輸出の分野で、憲法に基づく「平和国家」としての立場を完全に投げ捨てる暴挙です。
高市政権は21日、「防衛装備移転三原則」とその「運用指針」を改定しました。最大の問題点は、これまで完成品の武器輸出を非戦闘目的に限定していた「5類型」(救難・輸送・警戒・監視・掃海)を撤廃し、殺傷能力を持った武器も原則容認したことです。戦闘行為が行われている国への輸出についても、安全保障上「特段の事情」があるとすれば可能としました。
■「落ちぶれた」政権
武器の輸出はかつて全面的に禁止されていました。
1967年4月、佐藤栄作首相は、共産圏諸国、国連決議による武器輸出禁止国、国際紛争当事国とその恐れのある国への武器輸出を認めないとする政策(武器輸出三原則)を国会で表明しました。
76年2月には、三木武夫首相が政府統一見解を示し、三原則対象国以外の国にも憲法の精神にのっとり武器輸出を慎むとし、実質的に全面禁止しました。「平和国家としてのわが国の立場」から「国際紛争等を助長することを回避するため」です。当時、宮沢喜一外相は「わが国は兵器の輸出をして金をかせぐほど落ちぶれてはいない。もう少し高い理想を持った国として今後も続けていくべき」(同年5月14日、衆院外務委員会)だと述べていました。
しかし、83年に米国への武器技術供与の取り決めを結んで以来、例外化が積み重ねられ、武器輸出三原則のなし崩し的な空洞化が進みました。
2014年には、安倍晋三政権が武器輸出三原則に代わり防衛装備移転三原則を決定します。これは、武器輸出を「原則禁止」から「原則容認」へと大転換した上で「5類型」などの限定を付けるというものでした。今回の高市政権の決定はこの限定さえ取り去りました。落ちるところまで落ちるとはこのことです。
■資産生かしてこそ
これまで歴代自民党政府は曲がりなりにも「理想」を持った外交をしていました。
外務省は、小型武器問題に関するパンフレット(08年発行)で「日本は原則として武器輸出を行っていません。輸出を前提とした軍需産業もありません。このため、国連を中心とする枠組みを通じて国際社会をリードしています」と述べていました。
同省の軍縮担当官は、武器輸出三原則を「世界の範たるべき」ものと言い、「私たちが軍縮外交を行う際に、非常に大きな資産となっています。日本が行っているモデルを世界に広めていくことは、軍縮外交の一つの側面」と語っていました(『外交フォーラム』03年9月号、小笠原一郎軍備管理軍縮課長)。
高市政権は今回の改定理由として「同盟国・同志国の抑止力強化」を挙げます。しかし、今必要なのは、憲法9条に基づく外交「資産」を守り軍縮への切り替えでイニシアチブを発揮することです。
【しんぶん赤旗日曜版】4月26日 日銀新委員にリフレ派―問われる政府からの独立性
高市早苗首相は、新たに選任する日本銀行の審議委員に、中央大学名誉教授の浅田統一郎氏(4月1日付)と青山学院大学教授の佐藤綾野氏(6月30日付)とを国会に推薦し、衆参両議院の同意を得ました。
日本銀行法では、日銀の総裁、副総裁(2人)、審議委員(6人)は「両議院の同意を得て、内閣が任命する」とされています。
この人事がマスコミやエコノミストの注目を浴びたのは、両氏がリフレ派とみなされているからです。
リフレとはリフレーションの略語です。一般に、デフレ(持続的な物価下落)の克服とインフレ(安定的な物価上昇)の実現とを目指して、中央銀行がインフレ目標の設定、この目標の達成時期の明示、無制限の長期国債の買い入れ、インフレ予想の形成などの金融政策を組み合わせることを意味します。
リフレ派は、安倍晋三元首相のアベノミクスにも重大な影響を及ぼしました。アベノミクスは、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の「3本の矢」からなり、その一丁目一番地が大胆な金融政策でした。
黒田東彦前日銀総裁時代の10年にわたる「異次元金融緩和」も、基本的にリフレ派の金融政策を踏襲するものでした。そこには、2%の「物価安定の目標」も、この目標を2年程度で実現することも、長期国債の買い入れの拡大と年限の長期化も、予想インフレ率の引き上げも、すべて含まれていました。
異次元金融緩和は2%の物価安定の目標の実現を目指しましたが、黒田前総裁の任期中にはついにそれが実現しませんでした。
今回の人事からみえるのは、高市首相のアベノミクスへの信奉ぶりです。安倍元首相は、「リフレ派を代表する論客」と言われた岩田規久男学習院大学教授(当時)と若田部昌澄早稲田大学教授(同)を日銀副総裁に推薦したほどです。
高市首相の日銀に対する態度で気になるのは、こればかりではありません。
昨年末の自民党総裁選以降、高市氏は、次のような発言を繰り返しました。「いま(政策)金利を引き上げるのはあほやと思う」「金融政策(の方向と内容)は政府が責任をもって決め
る」「金融政策(の手段の選択だけ)を日銀に任せている」。これらの発言は、日銀の金融政策の決定の政府からの独立性を真つ向から否定するものです。
日本銀行法には、「日本銀行の通貨及び金融の調節に関する自主性は尊重されなければならない」とうたわれています。「通貨及び金融の調節」は金融政策のことを指し、「自主性」は独立性のことを指します。
高市首相と植田和男日銀総裁とのあいだの昨年末の会談では事なきを得たようですが、こうした発言や人事から判断して、首相のメツセージは明らかであり、その信念が変化したようにも思えません。植田総裁には、近い機会を捉えて、日銀の金融政策の決定の政府からの独立性を断固として守るという姿勢を内外に向けて発信する責任が問われているようです。
建部正義(たてべ・まさよし 中央大学名誉教授)

